3万5千本の白梅の香り、曽我の梅まつりをとことん楽しむサイトです。

流鏑馬(やぶさめ)

弓馬の術で「騎射の三物」といえば、流鏑馬、犬追物、笠懸ですが、流鏑馬は、他のものと違い「天下泰平、五穀豊穣」を願う神事として伝承されてきたそうです。
古くは、「矢馳馬」(やばせめ)といっていました。

鎌倉の武田流一門による「流鏑馬」が、曽我梅林の原会場で行われています。

ちなみに、曽我のこの地域には、鎌倉時代に曽我太郎祐信(すけのぶ)が居を構えており、弓馬の達人だったそうで、1193年、富士の巻狩りの際に、もっとも功績のあった3名の武将として選ばれ、源頼朝から鞍、馬、直垂を賜ったとのことです。

流鏑馬開始

記録所に奉行があがり、諸役が部署についたのを確かめてから、太鼓を打ちます。

馬場は約200mで、途中3箇所に的が立てられています。射手は馬を全速力で走らせながら、腰の鏑矢(かぶらや)を抜いて弓で、一の的から次々と射て馬場を駆け抜けます。約20秒ぐらいで駆け抜けるそうです。

最初の的は、四季の的。大きさは約55cm四方です。
檜板をあみ、白紙を張って、青、黄、赤、白、紫の五色で丸的をあらわし、後ろに花を添えています。 昔、的を射損じた武将が己の未熟さを恥じて自害してしまったことがあり、それからは、一つの花を的に飾り、的に当たらなくとも、花や竹串に当たれば、当たったこととまなされるようになったそうです。

流鏑馬的

まずは、馬を慣らすために射手が順番に「素馳」(すばせ)を行います。
矢を射ないで、馬場を走らせます。

流鏑馬素馳

一の組5人の射手が駆け抜け終わると馬場上に戻ります。

流鏑馬素馳戻り

ちなみに、偉い人の前で礼を尽くすときは、左足の鐙(あぶみ)をはずすそうです。
(アメリカ大統領の前で流鏑馬をしたときは、両方の鐙をはずして礼を尽くしたとのことです。)

一の組5名、二の組5名が、それぞれ奉射としての四季の的、板的、競射としての径三寸の的で行いました。
馬の脚をみればわかりますが、かなりのスピードが出ていて迫力がありました。

流鏑馬奉射

女性の射手もいました。一の的を射たあと、二の的のために弓を引くところです。

流鏑馬奉射

一の的を射たあと、二の的のために弓を引くのですが、なかにかなり速い馬がいてたいへんそうでした。

流鏑馬奉射

流鏑馬奉射

ちなみに、馬場上と馬場下には、扇方がいて、準備が整い、コース上に危険なっものがないことを確認して、大きな扇で合図してくれています。


流鏑馬奉射戻り

流鏑馬奉射戻り

5人の奉射が終わると、次に射る鏑矢(かぶらや)を受け取り馬場上に戻ります。


流鏑馬奉射

鎌倉時代の馬と違い、最近の馬は速いので、射手の方も修練が必要なんだそうです。
この射手の方は、かなり型が決まっていますね。それにしても、馬で駆け抜けながら両手は弓ですからすごいです。

今回は、一の組、二の組10人の射手で、四季の的、板的それぞれ3つをすべて当てた射手が2人いました。


流鏑馬奉射板的

四季の的の次の板的。竹串に付けられています。


流鏑馬奉射

ここでの写真は、一の的を射た直後です。このあとの二の的のためにすぐに弓を引く準備をします。


流鏑馬競射

競射の径三寸の的は、土器でできていて、当たって割れると五色の切紙が紙吹雪のように舞うとのことでしたが、的自体が小さく、当てるのは難しそうでした。一の的、三の的では当たっていましたが、私のいた二の的では、当てる射手がいなく、残念でしたがそれを身近で見ることができませんでした。


流鏑馬奉射戻り

二の組の競射も終わり、馬場上への引き上げです。


流鏑馬終了

競射が終わり引き上げです。正式な流儀の式次第では、凱陣の式(がいじんのしき、的の検分、勝どきを揚げる)、直会式(なおらいしき、お神酒の拝戴)があって終わるようです。


流鏑馬終了

流鏑馬終了

なかなか、ふだん馬をみないので、あらためて見るととても勇壮な感じで、カッコいいです。

どうもお疲れ様でした。楽しませて頂きました。


流鏑馬径三寸的全体

流鏑馬終了後に、三の的のところを撮影してみました。径三寸の的(黒幕の中央)がついています。


流鏑馬四季の的 流鏑馬板的、径三寸の的

左の写真に写っているのが、四季の的。矢が当たったとこに穴があいています。
右写真の右にあるのが板的、左のが径三寸です。この径三寸の的は、土器二枚を合わせて、中に五色の切紙を入れたもので、当たると土器が割れ中の五色の切紙が紙ふぶきのように飛び散ります。


流鏑馬馬場 流鏑馬馬場

行事が終わったあとの馬場。馬たちの駆け抜けた跡がなまなましい。
田んぼと田んぼの間の道に砂を10cmぐらい敷いているようした。



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